昨日は、実家で母の話を聞いて来ました。

 

最初は孫たち(母にとっては曾孫)の写真や動画を見せて、

「かわいいねぇ」「大きくなったねぇ」などと

笑い合ういい時間。

 

ところが、しばらくすると、ネガティブな話題になります。

大学に行きたかったのに、行けなかったことが

よほど悔しかったようです。

 

 

「悔しいからせめて試験だけでも受けてやろうと思ったけど、

北九州市から福岡市に行く電車代9000円が払えなかったのよ。

今でもはっきり覚えている」

 

何を勉強したかったのかと聞くと特になかったと言います。

そんなに勉強したかったら、独学でもすればよかったのに

と思うのですが、そんなことは考えなかったようです。

 

 

母のネガティブ話は続きます。

自分よりできなかった生徒が、

九州大学に入って道ですれ違っても目を合わせなかったとか。

 

どうしてワザワザ嫌な思い出を思い出すのか、わかりません。

私が若い時は、不愉快そうに、文句を言う母の話を聞き続けて

どーんと気持ちが落ちてしまい、

「あ~もう、実家になんか行きたくない」と何度も思ったものです。

 

ところが、ユーモア体質になり、

コミュニケーション力がアップしてからは、

そのネガティブな雰囲気を

少しずつポジティブな方向に持って行けるようになりました。

 

 

例えば昨日の母との会話。

母は家が貧しかったため、大学には行けず、

八幡製鉄所の技師長 湯川正夫氏の秘書として働き始めました。

 

湯川正夫氏は、後に八幡製鐵 副社長を務めた人で、

日本ラグビー協会の第4代会長も歴任したようです。

 

母がラグビー好きで弟がラグビー部に入ったのは、

その影響も受けていたのかもしれません。

 

八幡製鐵所での仕事について聞くと、

かなり詳しく話してくれました。

所長、副所長、技師長の3人にそれぞれ秘書がいて、

母は湯川技師長の秘書でした。

 

所長、副所長のことはかなり辛口コメントでしたので、

ここで詳しく伝えるのは控えさせていただきます。m(_ _)m

 

技師長は、鉄の神様と言われていて、人を尊敬することなど

めったに無い母が崇めていた方だったようです。

ちなみに私の名前正子は、正夫さんからもらっています。

男の子だったら正夫になっていたらしい。

たまたま湯川技師長の秘書をやっていた人が結婚してやめたので、

母がその後秘書をやることになったそうです。

 

「すごい、タイミング良かったじゃない!ラッキーだったねぇ」

 

いいことは大げさに喜ぶ。

2人で笑う。

「奥さんにも可愛がってもらったしねぇ。

うちにも来たことがあるのよ。所長の甥っ子がしょっちゅう来ていて、

技師長に会いもしないで、お客さんの座るソファーに座って、

爪切ったり、なんかやって。『なんなの、仕事しなさいよ!』

と思ってたんだけど、

 

なんだろうね。私に惚れちゃってて (*_*)

技師長の奥さんに頼んだみたいよ。

それで技師長の奥さんが、私がどんなところに住んでいるか家を見に来たのよ。

 

それがすごいオンボロ屋だったから、

お見合いなどできないから、

自分でアタックしなさいと言ったのよ」

私「それで結局アタックしてきたの?」

 

母「いやいやいや、、もうしょっちゅう来ては足出して『ハサミないですか~?』

なんて言って『汚らしいなぁ』と思ってたのよ。

アタックなんてようしきれないのよ。私がツンツンしていたしね」

 

私「そりゃ~そんなに嫌がっていたら相手だってわかるでしょう。

 へぇ~他に良さそうな人いなかったの?」

 

母「あ~ま~ね。ははは(私は他にもいたと見た 笑)

 

その後母の叔母が3人ほど見合い相手を紹介してくれたそうです。

父以外の人の話も出ました。、

かなり詳しく覚えていてびっくりしましたが、それほど面白くなかったので省略します。(笑)

話を聞いてわかることは、母のプライドの高さ。

ちょっとしたことで、失礼だと怒っていました。

父とは見合い結婚でしたが、

決め手は、同じ引揚者であること、

昼間働いて夜大学に通って卒業したので、偉いと思ったそうです。

 

あ~生きているうちに父に言ってあげてほしかった。

(生前は父の悪口しか聞いたことありません)

 

その他にも働いているときの同僚の話だったり、

野田聖子さんの母親とも知り合いで、

小さい時私は野田聖子さんと一緒に遊んだこともあるそうです。

(全く記憶にございませんが)

 

母とのおしゃべりは、お菓子食べながらでしたが、2時間ほどでしょうか。

こんな話だったら結構聞いていても面白いと思いました。

最近のことは何度言っても忘れてしまい、同じことを繰り返すのが

嫌になってしまうこともありますが、昔のことはよく覚えているのですね。

これからも昔の話引き出したいと思います。